行き着けのBarから出て、帰路を歩みながらも耳に当てた携帯のコール音へと意識を向けた。 不在着信はふざけた数になっていたが、朝から神主が境内から姿を消していると考えたなら、その件数についても多少、理解できなくもない。 そんなことを淡々と考えている間にも無機質なコール音がプツリと鳴り止み、聞き慣れたテノールの声が耳朶を劈いた。 『レン! あなた、十年祭を放って何処にいたんですか! それに、まだ霊力も完全に回復出来ていないというのに……』 「死んでもない人間を、弔ってどうする。存在しない穢れを祓う必要が?」 鴉丸蓮の十年目の葬儀、その斎主を務めろ。 そう迫ってきた分家の団塊共に見切りを付けて、境内を出たのは朝のことだった。 元々が分家筋である烏羽が従わなければならない道理も、理解出来る。本来、その為の足枷でもあるのだから。 必要以上にオレに対して拘わりを持とうとしてくるのは……アレ自身の、意志なのだろうか。 家出の心算は全く無かったが、外部から見てみれば確かにそうとも見えるのかも知れない。 五月蝿く喚き立てる烏羽の声を遠ざけるように僅かにK-Phoneから耳を離しつつ、深い溜息を一つ零す。それを耳聡く聞き付けてか、彼奴は僅かに声を潜めた。 『……あなたが生まれた日でも、あるのですよ?』 「興味ねェな。結局、斎主は手前がしたんだろう。それで問題ないはずだが?」 『そういう問題ではありません! 燿さんも、あなたのことを探していたというのに!』 喧しく声をまた荒げた烏羽を鬱陶しく感じ、通話を一方的に遮断する。さして口数の多くないオレに対しているからか、烏羽は人一倍言葉が多い。それは燿にも言えることでもあるが。 そのうち、先程の烏羽の調子を思い出すと帰宅するのもまた億劫に感じられ、視界に映った傾斜の急な石畳の階段へと何気なく腰を下ろした。 何気なく空を見上げるものの、星は出ていない。それでも、構わなかった。思考を整理するには――十分だ。 ――よくある話だと思う。 双子の弟が兄に成り代わる。 フィクションでもよく見るような、捻りもない話。 それがオレにとってはフィクションではないというだけで、有り触れた出来事の一端に過ぎない。 「――……くッだんねェ…」 鴉丸蓮は死に、鴉丸煉が生き残った。 誰もがそう知っている。そう、考えている。 本当の事実は、とうの昔に闇に葬られた。 最も親しかった兄の知己でさえ、その事実を知らずに生きている。 だから、いっそのことならば、それが事実になってしまえばいいと。 奴を見つけ出して、今まで借りていた座を渡して、そのまま。 ずっとそう考えてきた。今も、その考えに変わりはない。きっと、これからも。 それだというのに。  ―――あなたは生きてるじゃない! あの御人善しは。 去来する感情は、いつかのそれと同じように当て嵌めるべき名前が見当たらない。 故に、その意味も分からず――、ただ、胸が痛んだ。 _